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臺 日 大 辭 典 序

住民相輯睦し各分を盡し生を樂みて、此に帝國の一平和境を現出するは本島統治の理想なり。而して親和融合の道は言語相通ずるより先なるはなし。教育の普及に伴ひ國語を解する者日に月に增加しつゝあるは現下の情勢にして、四百萬人中一人の國語に通ぜざる者なきに至る日亦遠からざらんとす。然りと雖其の此に到るが爲には幾多の施設と不斷の努力とを要す。學校教育社會教育に依る國語の普及獎勵はいふも更なり、正確なる對譯辭典の編纂の如き、其の最も緊切なる一事業に屬すといふべし。

本府是に見る所あり。明治三十一年先づ日臺小辭典を刊行し、續いて明治四十年日臺大辭典を刊行し以て世の需に應じたり。而して日臺對譯に對して臺日對譯の必要なるは恰も車の兩輪鳥の兩翼に於けるが如し。されば日臺大辭典の刊行を了るや直に臺日大辭典の編纂に著手し、爾來調査研鑽を累ねること二十有餘年、漸く完成を告げ茲に之を公刊するの運に會せり。 國語の研究習得上大に益する所あり、延いて彼此相互の親和に貢獻するあらば欣びに之に過ぐるなし。豐かに本島に於ける文化的事業の一缺漏を補ひ得たりとのみいはんや。若し夫れ編纂當事者多年の勞苦に至りては、本書の流行利用の盛んなるによりて酬いらるべし。聊か所懷を述べて序と爲す。

昭和五年九月 臺灣總督府總務長官 人見次郎